大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和33年(わ)2793号 判決

被告人 池本茂

昭一三・七・三生 鳶職

松田義仁

昭一〇・九・一三生 左官職

昭一四・九・二五生 日雇人夫

主文

被告人松田義仁を懲役三年六月に、

被告人池本茂、同甲を各懲役三年に

処する。

被告人松田義仁に対し未決勾留日数中百五十日をその本刑に算入する。

ただし被告人池本茂、同甲に対し本裁判確定の日から各三年間その刑の執行を猶予する。

押収の切出しナイフ一挺(昭和三十三年裁領第六七〇号)はこれを被告人池本茂から没収する。

理由

被告人三名は昭和三十三年八月末頃互いに知りあいとなつたもので被告人甲は少年であるが、右被告人三名は、

第一、小遣銭稼ぎのため自動車運転手から金を奪い取ろうと考え、昭和三十三年九月一日午前二時頃大阪市大正区大正通九丁目六十番地附近において、ナシヨナルタクシー株式会社所属の運転手糀勝義(当時三十八年)の運転する小型乗用自動車大五、う六二九六号に客を装つて乗車し、同市東成区方面まで走行させて機会を窺つたが、容易に手を下しえないままもと来た方向へ引き返し、同日午前三時頃人通りの全く途絶えた同市大正区鶴浜通三丁目十八番地附近にさしかかつた際、被告人松田が停車を命じ、被告人三名ともそこで下車した。かくして被告人三名はここに右糀を脅し金員を喝取することを共謀の上、右自動車内の運転手席にいる同人を車外から取囲み、被告人池本が窓越しに同人に対し「俺達は自動車強盗だ、金を貸せ。」と申し向け又同人が被告人らをたしなめようとするや、被告人松田が、「おつさん、俺達に意見をするのか。」と凄味をきかせて脅迫し同人を畏怖させて金員を喝取しようとしたが、同人がすばやく自動車を発車させてその場から逃れ去つたため、その目的を遂げず、

第二、更にその後、再び自動車運転手を襲い、今度は金員を強取することを共謀の上、被告人松田は運転手の背後からその首を締めて口を塞ぎ、被告人甲は被告人池本の所有する切出しナイフ(昭和三十三年裁領第六七〇号)を持ちこれを運転手に突きつけて脅し、被告人池本は金員を強奪する等の役割を定めた。そうして同月二日午後十一時三十分頃同市西区松島町二丁目市電停留場附近で大阪交通株式会社所属の運転手坪屋正義(当時三十九年)の運転する小型乗用自動車大五、あ二六四七号に客を装つて乗車し、被告人池本、同松田は後部座席に、被告人甲は助手席に各位置し、同日午後十一時五十分頃同市東淀川区三国本町二丁目二百九十七番地先路上にさしかかつた際、被告人池本が停車を命じ、被告人松田がやにわに右坪屋の背後から右手でその首を締め、左手でその口を塞ぎ、被告人甲は狼狽のため所持の前記切出しナイフをとり出すことを忘れたまま同人の腕を押えつけ、更に被告人らにおいて、「声を出すな」と申し向けて同人の反抗を抑圧し、金員を強取しようとしたが、同人の必死の抵抗に遭い、かつ前方から来た自動車のヘツドライトに照らされたため狼狽し、被告人三名とも逸早く車外にとび出して逃走し、金員強取の目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠略)

検察官は判示第一の犯行につき、被告人三名の糀に対する脅迫は同人の反抗を抑圧するに足る程度のものであり、従つてその所為は強盗未遂罪を構成すると主張するので考えてみるに、前掲各証拠によれば、被告人三名は判示の如く、当初自動車運転手から金を奪い取ろうと考え、客を装つて乗車したものの、容易に手を下しえず、その実行を躊躇しつつ判示犯行場所に至り、三名とも一たん下車した上、車内にいる糀に対し、車外から窓越しに「おつさん家遠いのか。」「子供はあるのか。」等と二、三問答を重ねた後、判示の如き脅迫的言辞を弄したのみであつて、その脅迫の方法は被害者の反抗を抑圧又は困難ならしめる程度のものというにはあまりにも単純幼稚で、被害者糀も危険とみれば被告人らを車外に置き去りにしたまま直ちに発車して極めて容易に難を逃れうる状況にあつたことが明らかであり、又現に同人は右脅迫によつてもさほど畏怖することなく、かえつて被告人らに対し、「君ら若いのにそんなことをしたらあかんやないか。」とたしなめたりした上、形勢いささか不穏とみるや直ちに発車して難なくその場を逃れ、被告人らはただ手をこまぬいてこれを見送るほかなかつたものと認められるから、これらの点に想到するときは、被告人らの右脅迫行為が被害者の反抗を抑圧又は困難ならしめる程度の強度のものであつたとはとうてい認め難い。

次に検察官は判示第二の犯行につき、被害者坪屋は被告人らの暴行により全治まで五日間位を要する顔面擦過創の傷害を受けたもので、従つて被告人らはいずれも強盗致傷罪の責任を免れないと主張する。しかしおよそ刑法上いわゆる傷害とは一般に他人の身体の生理的機能を毀損し、或いは他人の身体の現状を不良に変更した場合を指すものと説かれているが、右は単なる医学上の概念ではなく法律上の評価であり、いかなる程度の生理機能の毀損或いは不良の変更をもつて刑法各本条の傷害と認め得べきかは、その各構成要件の態様、その立法趣旨に照らしそれぞれ自ら合理的差異あるものといわなければならない。殊に暴行罪と傷害罪とではその法定刑の下限を同じくするのに反し、強盗致傷罪の法定刑は強盗罪のそれに比し有期懲役刑の短期に二年の差があり、無期又は七年以上の懲役という重刑が科せられている点、又強盗罪の構成要件要素たる暴行は被害者の反抗を抑圧又は困難ならしめるに足る程度の強度の暴行でなければならない点等から考えると、強盗致傷罪を構成すべき傷害は傷害罪のそれよりも幾分高度の生理機能の障害や身体の現状に対する不良変更をもたらすものであることを要し、本人が殆んど痛痒を自覚せず、或いは極く短期間に自然快癒する程度の僅かな表皮剥脱、腫脹、その他極く微量の出血の如きは、右強盗致傷罪を構成すべき傷害には該らずかかる極めて軽度の損傷は被害者の反抗を抑圧又は困難ならしめる程度の暴行が被害者の身体に加えられたことから殆ど必然的に生ずる結果であるから、右暴行行為のうちに当然含ましめて考えるのを相当とする。これを本件についてみるに、証人坪屋正義の当公判廷における供述によると、右坪屋は本件被害にあつた後約三十分ないしそれ以上を経過し、所轄警察署へ出頭した時にはじめて右頬附近に一、二ヶ所爪で掻かれた跡と思われる小さな創傷があり、僅かに血が滲んでいること、及び口唇もしくは口腔内からも極く小量の出血があることに気付いたもので、しかもそれまで何らの痛みをも自覚しておらず、殊に医師の診察や治療を必要とするなどとは毛頭考えてもいなかつたのである。しかし警察官の勧めもあり、同夜附近の豊田外科医院で診察をうけたが、上記顔面の擦過傷は消毒して薬をつけ僅かに絆創膏を貼つてもらつた程度のものであり、他方口唇もしくは口腔内の出血については何らの手当をも必要とせず、しかも右坪屋が医師の手当をうけたのはこの一回だけで右絆創膏も翌日一ぱい位で自らとりはずしてしまつた程度のものであつた。もつとも同人はその後四日間欠勤しているが、これは専ら本件被害による精神的動揺に基因するもので、右創傷は同人の日常生活になんらの支障も及ぼしていないことが明らかである。従つて右に認定したような極めて軽微な創傷は当然本件暴行行為中に含まれ、これを以つていまだ強盗致傷罪の構成要件である傷害に該るものとはとうてい認め難い。

なお、判示第二の犯行につき被告人池本の自首の成否に争いがあるので考えてみるに、被告人池本の前記各供述調書によると、同被告人は判示第二の犯行後単身附近の国鉄宮原操車場へ逃げこんだが、周囲の警戒が厳重でとうてい逃げられないと観念し、近くに居あわせた同操車場の職員に対し、「悪いことをしたから警察に自首したい。」と警察への連絡方を依頼し、右職員の通報によりかけつけた十三橋警察署の警察官に自己の右犯行を申告したことが明らかであるところ、他方証人檜坂義明の当公判廷における供述によれば、右警察署はこれより先本件被害の届出をうけて直ちに捜査に着手し、被害者坪屋から被害状況を聴取する傍ら、附近一帯に非常警戒の措置をとつたのであるが、被告人池本の申告があるまでは犯人の住所氏名等は全く判明せず、単に被害者の供述からそのおおよその人相、服装、身長、年令等を知りえたのみであつたことが認められ、右のような犯人の概略の特徴のみでは(たとえ事後に被害者に犯人を面接せしめればこれを犯人と指摘しうる状況にあつたとしても)犯人を特定するには不十分であり、従つて当時誰が犯人であるかはいまだ発覚していなかつたものといわざるを得ないから、被告人池本の右申告は自首に該ると解するのが相当である。

法律に照らすと、被告人三名の判示第一の糀勝義から金員を喝取しようとして遂げなかつた所為は刑法第二百四十九条第一項、第二百五十条、第六十条に、判示第二の坪屋正義から金員を強取しようとして遂げなかつた所為は同法第二百三十六条第一項、第二百四十三条、第六十条に各該当するが、右はいずれも未遂であるから、同法第四十三条本文第六十八条第三号により被告人三名とも右両罪につきそれぞれ未遂減軽をなし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条によりいずれも重い判示第二の強盗未遂罪の右減軽した刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で、被告人松田に対しては本件が同人の執行猶予期間中の犯行である点、判示犯行の経過において同被告人の果した役割、その前歴、素行、性格等を綜合考慮して懲役三年六月の刑を量定し、次に被告人池本については同被告人が前記のよように判示第二の犯行後まもなく自首し、改悛の情も顕著で、同被告人の母の奔走により今や被害者も同被告人に対しては宥恕の意思を表示していること、又被告人甲はまだ少年であり、年長の共犯者両名に附和随行して犯行に参加したもので、これまで特段の非行歴もなく、深く前非を悔い再犯の虞れもないと認められ、その両親も将来の監督指導を誓つていること、その他右両被告人の経歴、性格、家庭事情等諸般の事情を斟酌して、被告人甲については少年法第五十二条第三項に従い右両被告人を各懲役三年に処し、刑法第二十五条第一項に従い右両被告人に対し本裁判確定の日から各三年間その刑の執行を猶予し、なお被告人松田に対しては同法第二十一条に則りその未決勾留日数中百五十日をその本刑に算入し、押収にかかる主文末項掲記の物件は判示第二の犯行に供しようとしたもので被告人池本以外の者に属しないから、同法第十九条第一項第二号、第二項により同被告人からこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に従い被告人三名にこれを負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 西尾貢一 秋山正雄 藤井正雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例